4.所有CD全紹介

1.ラローチャ(P)(米ロンドン 421 525-2 謝肉祭/アレグロ)

2.リヒテル(P) (英EMI 7 64625 2 幻想曲/蝶々)

3.ミケランジェリ(P)(独グラモフォン 423 231-2 謝肉祭)

4.ペライア(p)(ソニークラシカル CSCR 8356「オードバラ・リサイタル」)

5.バレンボイム(P)(独グラモフォン 子供の情景/謝肉祭)

6.ドコフスカ(P)(ブルガリア ゲガ GD 131 幻想曲/天使の主題による変奏曲)

7.伊藤恵(P)  (フォンテック FOCD3272 蝶々/謝肉祭)

8.ナット(P)  (伊 ザ・ピアノ・ライブラリー PL 181 子供の情景/ピアノ協奏曲/幻想小曲集Op.12抜粋)

9.アラウ(P)(蘭フイリップス 432 308-2 アラウ・シューマンピアノ曲集成

10.ピリス(P) (独グラモフォン 437 538-2 森の情景/アラベスク/3つのロマンス)

11.ジアノリ(P) (仏アデー 203242 音楽帖/天使の主題による変奏曲)

12.シュミット(P)(独ベルリン・クラシックス 0030912BC 謝肉祭)

13.レヴィ(P) (英ニンバス 882 718-909 アラベスク/謝肉祭)

14.ヤンドー(P)(香港ナクソス 8.550783 クライスレリアーナ/アラベスク)

15.ロス(P)    (米Connoisseur CD4185 クライスレリアーナ)

16.ロンクヴィチ(P)(英EMI 7 54542 2 間奏曲/ノヴェレッテOp.21 No.8/朝の歌)

17.ブーニン(P)(グラモフォン POCG-1292 子供の情景/アラベスク)

18.アシュケナージ(P)(英デッカ 443 322-2 アベッグ変奏曲/幻想曲)  

未聴 エンゲル(P) (シューマンピアノ作品全集)

***

例によって、順位は一応推薦順とみなしていただいていいです。

1.後述するように、実は私はリヒテルの演奏を、この曲との出逢い以来永遠に凌駕され得ない名演奏と考えてきた。ラローチャの演奏は「謝肉祭」の方はFMのエアチェックで所有していたものの、特別にいい演奏とまでは思わなかった。今回購入して早速帰りにCDウォークマンで聴いた時点でも、「恰幅のいい悪くない演奏」という水準の印象だった。ところが家でラックスの管球アンプとタンノイのスターリングで聴いたらころりと印象がかわってしまった。

 録音が10年前のデジタルとしてはひどくアナログ的で、一見冴え冴えとした音ではないせいだったのかもしれない。大きな装置で聴けば恰幅が良くてしかも細かいニュアンスのある実にすわりのいいと音となった。そうなると、曲のダイナミズム、全曲の構成感・安定度、骨太な風格、リズム感、節度あるニュアンス、すべての点で非常に高水準な演奏と認めるしかなくなった。この曲に必要な陽気で華麗で奔放な騒々しさも十分。しかもそれが非常に高度な水準でオトナの品格を保っている。正直に言ってラローチャのピアノにこれだけ感心したことはこれまでなかったのである。この曲にはなぜかラテン系の人が強いようだが、総合力では文句なし。

 私の好きな第5曲の第2主題の終わりのところで心もちテンポ・ルバートしてくれたときには、このオバハン何ともうれしいことしてくれるでないのと思ってしまった。一枚だけ持つならばこの演奏で十分でしょう。同じデッカでも、アシュケナージにするくらいならこっちを薦めます。本来好きだったアシュケナージへのグチは後でたっぷりいいます。

 音色の繊細さととことんシェイプされたリズムの切れ味が両立した天才性ならばミケランジェリが上かもしれないし、全曲の圧倒的なエネルギー感と特に第4曲のファンタジーの飛翔だけはリヒテルに負けるかもしれないが、この二盤より録音はかなりいいわけである。国内盤でも容易に入手可能なはず。

 カップリングの「謝肉祭」も、こうしてCDとしてじっくり聴くと、スケールの大きいこの曲の名盤の一つと認めていいと思う。「謝肉祭」にはもっと狂気のような躁状態の緩急自在で好き放題のの演奏も聴きたいけれども(今のところコルトーがかなり理想に近いかなと思っている。CD一覧に戻る

2.そもそも私がこの曲と出会うきっかけを作ったのは、高校生の時にFMで聴いたリヒテルのライブである。確か76年のヘルシンキ音楽祭のライブである。当時購入したばかりのオープンデッキ(現在は実家においたまま)で、しかも購入時に各種一つずつ買ったテープの中から、スコッチの化粧箱入りの一番高価なテープをおごって録音したのだが、その後何回カセットにダビングして持ち歩いたかわからない。

 この時がひょっとしたらリヒテルを意識的に聴いた最初の機会だったかもしれない。この時演奏されたベートーヴェンの7番ソナタ、ショパンのスケルツォの4番、幻想ポロネーズ、そしてこの「ヴィーンの謝肉祭の道化」の演奏の奔放なダイナミズムとエネルギーに私は圧倒された。7番ソナタとスケルツォ4番に関しては、後に聴いたスタジオ録音のレコードよりもはるかにスリリングで、未だにこのライブのリヒテルの呪縛は解けていない。

 このCDは、1962年、それまで「鉄のカーテンの向こうの幻のピアニスト」と呼ばれていた「リテル(リテルと当時は綴らなかった)」が、はじめて西ヨーロッパ各地を演奏旅行した際に、EMIの録音スタッフが同行してすべてのコンサートを録音した中から精選されてレコード化されたたものの一つである。一応イタリアでのライブと表記されている。

 この外盤では「蝶々」「幻想曲」と組まれているが、日本では永らくベートーヴェンの「テンペスト」ソナタとのカップリングで出ていた。このページの初稿を読んでメールを頂いたNagai Osamu氏によれば、オリジナルのカップリングではシューマンのピアノソナタ第2番とのこと。CDが再発される度にカップリングが変化しているようなので注意していただきたい。ちなみにこれらどのカップリング曲もリヒテルによる稀代の名演奏として誉れ高いものである。

 正真正銘のライブなので、咳や演奏雑音も多いが、れっきとしたステレオ録音であるし、しかも放送録音ではなくてEMIのスタッフが録ったものらしいので、当時のEMIのツヤがある中音域を大事にする音の持ち味は十分にある。もっとも少し経年変化はきているような。それに少しワウ・フラッターっぽいかなと思う部分もある。演奏内容としては、前述のヘルシンキ・ライブと演奏の差異はそんなに大きくない。もとよりヘルシンキ・ライブよりこの62年盤の方がこれでもやや「小振り」と思う。

 ともかくエネルギッシュさと推進力のすごさ、そこから生じるファンターのスケールという点ではたいへんな演奏である。もとよりかなり「武骨」であり、今にして思えばやや荒っぽいぐらいで、この曲の細部からもっとデリケートな味を引き出す演奏ならば他にもいっぱいある。しかし、この曲の第1曲や第5曲をこれだけバリバリとものすごい推進力で、しかも余裕綽々で弾きこなしている演奏は他にはないし、それでいて技巧の誇示というより、不思議とピュアーでファンタジックなものが立ちのぼるのが、リヒテルの持ち味だろう。第4曲のスケール感とエネルギーの高さという点でも群を抜いている。第4曲と第5曲の冒頭の打鍵の迫力からしてとんでもない。また、数年前デッカやフィリップスから発売された数種の正規ライブ盤に感じられる技巧の衰えはここにはまるでないことはいうまでもない。

 もっと聴きやすい音質の録音で内容的にもいい演奏が他にいくつもある現状では、敢えてこの演奏を絶対的に推薦する必要がないかもしれない。しかし、もし他の演奏で「この曲のどこがそんなにおもしろいのか」としか感じられない人があれば、このリヒテルのをお聴きになることはおすすめしたい。第1曲や第5曲ををここまで技巧の不安なく当たり前のように弾いたときにはじめてでてくる、この曲独特の爽快なダイナミズムに気付いていただけるかも。

 確かごく最近20ビットリマスターで国内盤も再発された筈である。音質が改善されていたらうれしいことだが、そちらはまだ未聴である。ちなみにカップリングの「幻想曲」「蝶々」もこれらの曲の代表的名盤とされてきたもの。もともと曲自体ハイ・テンションな「幻想曲」はいうまでもないにせよ、一般には可憐な曲とみなされがちな「蝶々」の方を、これだけ凄まじい打鍵でダイナミックに演奏し、スケールの大きなファンタジーにしてしまった例は他にはない。この「蝶々」はリヒテルのみに許される天才の技である。CD一覧に戻る

3.ミケランジェリ盤は1957年のBBCのモノラル放送録音を電気的にステレオ化したものである。グラモフォン・レーベルで人工ステレオの音源というのは非常に珍しいが、BBCから音源を譲り受けた時点ですでにこの処理がなされていたようだ。その音場の人工性はヘッドフォンで聴くと一目瞭然だが、スピーカーで聴く限りは、やや周波数帯域は狭いが、決して「鈍く」はなく、グラモフォンのピアノ曲の初期ステレオ録音とほとんど遜色はなく、ニセ・ステであることに気付かない人がいるであろうくらいに自然です。

 この頃のミケランジェリの演奏には、大理石で作った刃物のような(というのも変な表現だが)全く贅肉のない、ギリシアの空気を思わせるような燦々とした硬質の切れ味がある。

 第1曲では、全体としては実に快速で歯切れがいいのだが、エピソードごとに音色の表情をデリケートに変えていくあたりのコントロールが見事。この曲の陥りがちな一本調子さがない。いうまでもないが、かといってそれは古いタイプのピアニストの過剰にロマン的で暑苦しい表情づけとは異次元のクールそのものの近代的感性を感じさせるものである。第2曲は、ドビュッシーの前奏曲集あたりを思わせる集中力のある冴えた静寂の世界となる。

 第5曲は第1主題の冒頭にあるファンファーレのペダル処理が他のピアニストと違うので、通常ならばファンファーレの引き延ばされる和音の陰に隠れてクリアーに聴こえずに背景に沈む下降パッセージの方が明瞭に響く。あのカーンと隣り響くファンファーレがほとんどつぶれてしまうあたりは好みを分けるかもしれない。しかし、全体としては、この終曲の、リヒテルすら上回る最も快速のスマートそのものの演奏である。

 ニセ・ステではあるし、録音ももっといいものはたくさんあるし、演奏としては「個性派」の部類だが、とことんクールな贅肉のないこの曲の演奏を聴きたいと思われたら、ファースト・チョイスもあり得るかも。このCDの国内盤は、この曲のCDとしては一番手に入りやすいものの一つではある。それはやはりカップリングの「謝肉祭」がミケランジェリの十八番としての評価が高いためだろう。CD一覧に戻る

4.ペライア盤は、私がはじめて買ったこの曲のCDだった。ソニークラシカルが発足してさほどたたない頃のもの。20ビットレコーダーは使いはじめていたものの、まだ、例のスーパービットマッピングではないわけだが、独特のクリアーで繊細、ほとんどこれじゃデジタルシンセサイザーだといいたくなるくらいの妙に出来過ぎた蒸留された音質。誰が聴いても音がいいと感じるであろう点では、すでに7年前の録音だが、間違いない。

 演奏も見事なものである。非常にストレートな楷書的解釈ではあるが、ペライアの資質なのか、録音のせいなのか、よく鳴っている音にも関わらず、ほのかな内向的潤い感のようなものがあり、十分にコントロールされた都会的・近代的な美しい音である。深みと風格という点ではラローチャ盤に負けるけれども、実はデジタル世代に向けてのファーストチョイスとしては一番万人向けのものの一つかもしれない。ハリウッド映画のように「美しすぎる」という気も少しするけど。

 「オードバラ・リサイタル」と題された、様々な作曲家の曲をまるで一晩のリサイタルのようにうまく配列したCDであり、シューマンはこの曲だけである。参考までに他の曲を列挙すると、ベートーヴェンの32の変奏曲(集中力と陰影の深さという点でこの曲最高の名演!)、リストのハンガリー狂詩曲第12番とコンソレーションの3番、ラフマニノフの練習曲集「音の絵」より4曲である。CD一覧に戻る

5.バレンボイムのこの曲の演奏は、ピアニスティックというよりシンフォニック、まるで管弦楽スコアをピアノで聴くような、すべての声部がクリアーに聞こえる、独特のスッキリした見通しの良さがある。この曲がこれだけ濁らない響きを保てるというだけでもたいしたもの。ある意味では淡彩で、非常に醒めた緻密なコントロールがあるという気がするのだが、結果として描き出される演奏は実に構えが大きい。ここはこうキメて欲しいというところはすべて緻密にキメてくる。リズム感もいい。バレンボイムもユダヤ人だけど確か南米生まれだったかと。

 非常に冷静な「演出家」が描き出した職人的スペクタクルの芸という印象。もっとも、より最近のこの曲の演奏の中に、遥かに曲の分析が弱いまま、とりあえずひいてみたという演奏が多すぎる中におくと、この計算され尽くしたバランス感覚の見事さはやはり特筆すべきと思う。

 私としては、第4曲や第5曲にはもっと心からの熱気も欲しいのだが、ここまで各声部のバランスを見事に造形されると、ある意味でこの曲の「理想の」解釈であることは認めるしかなくなる。リヒテル盤やミケランジェリ盤程には好き嫌いはでないと思いますので、ファーストチョイス向きとも言えます。それと同時に、繰り返し聞きながら楽譜を研究するのには非常に向いていそうな演奏です。併緑の「子供の情景」「謝肉祭」も、ホットなポエジーはないかもしれないけど、細かいところまで神経が行き届いて造形がしっかりしているにもかかわらず、すっきりした感じの現代的な演奏。並の若手はとてもこの水準には届かない。

 国内盤もでていますが、輸入盤だと一番ロープライスのクラスの廉価盤で安くてお得。1000円前後の筈。録音もスッキリした実に聴きやすいもの。ただし輸入盤ジャケットはピラピラの紙一枚で曲の解説がありません。CD一覧に戻る

6.ドコフスカってドコのダレデスカ? では下手な洒落以外の何者でもなくなるが、ブルガリアの旧国営レーベル・ゲガの出しているCD。解説は英語である。CD化はまだまだおくれているが、その中にはかの有名なブルガリアン・ヴォイスのCDが何枚もあるそうな。こういう稀少盤を平然とおいていたのは、例によってタワーレコードの渋谷店である。

 ところがどっこい、今回の最大の掘り出し物CDはこれである。ソニーの機械を使って収録したというデジタル録音は、直接音と間接音のバランスが最高のたいへんナチュラルなうるおいあるもの。演奏がまたまた、何というか、ものの見事なドイツ風正統派の造形美があるのである。この人、ベートーヴェンを弾かせてもすごく聴き映えがある演奏をしそうである。

 しかも、弱音部の細やかな叙情性が何とも心地よいのである。第1曲第5エピソードの、心持ちテンポを落とした繊細な解釈は、耳をそばだてずにはいられない。第4曲のスケールの大きさもリヒテルを別にするといちばん私の理想に近い。しかもこっちは音がタイヘンいいし、リヒテルにはない繊細な質の透明なリリシズムにも満ちている。こういう演奏に出会えるから外盤あさりはやめられないのだ。

 カップリングは「幻想曲」と、「バイオリン協奏曲」の項で取り上げた、あのシューマンの絶筆、「天使の主題による変奏曲」です。ただ、後者のほう、「世界初録音」とジャケットの表に書いてあるけど、少なくともジアノリ盤はもっと以前からあったはずだし、最近ではこの後すぐにでてくる伊藤恵の演奏もあります。

 現在、このゲガ・レーベルはゲガ・ニューとして改組されたようなので、果たして今後手にはいるかどうか。CD一覧に戻る

7.伊藤恵は「シューマニアーナ」と題する、シューマンのピアノ曲全集の録音を、実にゆっくりとしたマイ・ペースですすめている。録音のせいもあるのかもしれないが、スタインウェイをスコーンと鳴らずと言うより、少しくすんだ音ではあるが、肉食人種のシューマンとは異なる、味のあるシューマン演奏をする人だと思う。ビアノソナタ第1番のCDを聴いたとき、ボリーニやアシュケナージの演奏の硬質な輝かしさとは異なる、しなやかな味わいに感心した覚えがある。

 といっても、決していつでも淡彩な演奏をする人ではなく、この曲では安定感のあるで実に構えの大きいシンフォニックな大ホール向けの演奏をしている。こうなるとペライアあたりの方が実は「室内楽的」な演奏を解像度の高い録音でとらえているだけともいいたくなる。曲の構成感の良い把握はパーフェクト。非常に重心が低い。これならベートーヴェンやブラームスでもがっちりとした演奏になるだろう。受け取りようによっては、最近の録音の中では、前述のドコフスカ盤と並ぶ、一番古典的造形感のあるドイツ風の演奏かもしれない。

 フォンテックのCDは値段が高いのだが、この曲の正統派の演奏として安心しておすすめできる。しかし、第1曲の幾つかのエピソードや第2曲をはじめとする弱音の部分での余韻感のあたりにこそ、この人の資質がでているという気もする。

 録音は、「シューマニアーナ」シリーズに共通する、音のシンがあと一つはっきりしないライブなもの。この辺、あと少しくっきりするといいのにといつも思う。湿度が高くてコンクリートづくりのが多い日本のホールでの録音の限界もあるのか。

 「蝶々」「謝肉祭」とのカップリングは、「舞踏の幻想」三部作と言うべきこれらの3作品を一度に聴けるという点、非常に筋の通った選曲である。「蝶々」「謝肉祭」共に、高水準の演奏。やはり日本人で現在これだけシューマンを風格と味わいある形で聴かせる人は他にいないのではないか。CD一覧に戻る

8.コルトーと並び称されたフランスの大家、ナットのSP復刻(1938年録音)。CEDER処理がなされ、針音が少ない明快な聞きやすい音になっている。

 ナットはベートーヴェンの往年の大家としても有名だが、私はこの人の演奏をこの曲ではじめて聴いた。この演奏の引き締まった造形感覚の確かさは現代の耳で聴いても全く古さがないものである。 いかにもベートーヴェンも聴き映えがするだろう人のものだ。

 カップリングのピアノ協奏曲も、コルトーの演奏も天才的だけど、このナットのものの方が誰にでもその集中力の高い演奏の良さが受容されるのではないかと思う。

 ちなみにあとででてくるジアノリは、このナットとコルトー、双方の弟子です。CD一覧に戻る

9.アラウのシューマンのピアノ曲は現在国内盤でも輸入盤でも、その残されたステレオ録音すべてを網羅した7枚組でしか入手できないようだ。ちなみに輸入盤の価格は一万円強が水準だと思う。

 私はアラウというピアニストの音は粒のそろった美しい音というわけではないと思う。ある意味では「ダサイ」音であり、本質的に玄人好みの渋さがあると思う。しかし、噛めば噛むほど味がでる。今回も聴き返す度に私の中の評価がじりじりと上がった。確かにいち音一音の粒は結構粗い。リズムも機械的に正確というのとは違うのだが、全体としての様式感の把握がすごくうまいのである。だから、いわば自然石を寄せ集めた見事な石垣のようにして。気がついてみると風格ある城郭がそびえ立つ。

 アラウも南米生まれであるが、第1曲に必要なラテン的とも言える華やかさやノリが見事に描き出される。フィリップスのアナログ録音リマスター盤によく見られるのだが、音がちょうどいい程度にさらりと乾いて、アンティーク家具調の木質の響きになっているのもこの曲には好都合。第3曲は、主要主題の諧謔味ののある音色の出し方が実にツボを得ている。第4曲もスケールは大きい。第5曲はやや技巧の不足も感じるが、それでも全体のノリの把握は的確で雰囲気は出してしまう。まるで老齢の歌舞伎役者の演じる若者役の芸のようなものだ。

 おそらく、若い人の中には、こういう演奏をそれこそジジ臭いとしか感じない人もあるかもしれない。しかし、若い人間が思いつきのようにして弾き崩すのとは次元が違うのである。また、後述のシュミットのように、旧東ドイツという狭い世界の中で保存されていた1.5流の旅役者の「芸」という趣きとも異なる。まさに「大家」の芸。

 順位をもっと上げていいと感じる人もあるかもしれない。おそらくアラウの芸風がもともとすきな人にとっては、曲ははじめてでも、この演奏で十二分に曲を堪能できると思う。すでにシューマンの主要曲に一枚ずつはお気に入りのがあるという人の二枚目の選択としては結構おもしろいかもしれない。CD一覧に戻る

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