4.各楽章の構成

 
だからこの曲は、1.序曲、2.スケルツォ、3.フィナーレ・・・以上3つの楽章からできています・・・・と、これだけでは説明になってない!

   1.序曲

 アンダンテ・マ・コン・モート、ホ短調 4/4拍子のあまり長くない序奏にはじまります。最初のバイオリンの静かな動きの下の方から突然チェロが一発カマしてくるあたりは一瞬ゾクッとして根のクラいやっちゃと思うかもしれませんが、シューマンのオーケストラ曲の短調の緩やかな導入部を持つものの中では一番深刻味がなくて、むしろ甘美なものが支配的という気もします。
 でも、この序奏がそんなに延々続かない内に、あっさりと明るくて快速な主部が始まります。この作品がクラいのはここまでです。
 主部はアレグロ ホ長調 2/2拍子。いよいよ軽やかでインティメートなセレナードの幕開けです。こうやってシラーッとさりげなく弾むリズムで脇の方から入って来るみたいに曲の主部をはじめるのはピアノ曲とかでシューマンお得意の口説きの手練手管です。
 曲は簡潔なソナタ形式を取って、提示部-展開部-再現部と進みますが、シューマンが交響作品でこんなに肩の力を抜いた簡素な形式で「第1楽章」を書いたことは他にありません。これを作ってしまってから「交響曲」をイメージさせるタイトルをシューマンが結局つける決心が付かなかった気持ちも分かります。後続の二楽章はそんなに軽すぎると感じずにすむだろうから。

 シューマンにとっては、結局交響曲というのはベートーヴェンの曲のようなホットで力みかえったものでないとならないという先入観が抜けなかったんでしょうね。ブラームスが第1交響曲であそこまで力んでしまっても、その余勢を駆ってサラサラと作りはじめた第2交響曲では、あっさりと静かで女性的で肩の力が抜けた優しい作品になって、「それでもこれも交響曲」と開き直れたのとはずいぶん違う(あっちは大曲ではありますが)。
 いずれにしても、この曲、深刻ぶったり力んだりしなくてよかったから、弦楽合奏が完全に中心、木管も彩りの一部、金管楽器はあくまでも隠し味度に控えめに使っている。こんな淡泊であっさりしたオーケストレーションは他の交響曲や管弦楽曲ではシューマンはやれていない。このくらいヘルシーにしていれば、「シューマンの管弦楽法は音を重ねすぎて効果的ではない」とかいう例の陰口たたかれずに済んだろう。でも「こんな」曲ばかりは作れず、新婚直後の幸せな時期が過ぎるとまたもや暗い情念との戦いに帰っていき、ついには力尽きるあたりはシューマンの宿命なのかも。
 ・・・さて、再現部が終わると、曲はリズムパターンを変えてウン・ポコ・アニマートと少しだけギアチェンジ、更に快速の軽やかで喜ばしい終結部に入ります。この、実に気持ちのいいシャキシャキッとしたリズム感こそが、前期のシューマンが「ゴキゲン」な表情を見せるときの最大の魅力でしょう。
  この終結部のラストのラストでは、少しだけオーケストラ全体に大見得を切らせて「交響曲」っぽく終わらせるのですが、ほんとうに終わる直前、フッとゆるめる部分があります。まるでスカートの両裾をつまんで少女が「おじさま、それではとりあえずお席をはずさせて頂きます」みたいにしゃなりと柔らかく「しなを作って」いく。このあたりもシューマンのニクイニクイ常套テクなんです。

 

   2.スケルツォ

ヴィーヴォ 主部 ホ長調 6/8拍子-トリオ 変ニ長調 2/4拍子

 シューマンお得意の付点音符のついた弾むリズムのスケルツォ。少しだけほの暗い響きで始まりますが、そのうちに日差しが差してきて・・・またシューマンの手口である。何かブラームスの「大学祝典序曲」の冒頭のつぶやくような語り口にもにています。
 中間部のトリオでは二拍子系の平明な短いメロディが最初は木管で出て次々受け渡されていきますが、受け渡される度に、一見単純なメロディをただ繰り返していると見せかけて、非常に新鮮な方向に和声が刻々移ろうという仕掛けがしてあります。これはかの「トロイメライ」でシューマンが使っているのと同じ仕掛けです。
 もう一度主部の弾むスケルツォが少し圧縮されつつも型どおりに回帰し、更にもう一度トリオに手短に回帰したあと、スケルツォが同じテンポで戻るはずのところで、そのまま終結部に入り、ここまでの主要な旋律の断片が緩やかなテンポで回想されます。
 実はスケルツォ楽章の終わりの方でこのような、何らかの意味で安らいだ静かな部分が入るというのは、他のシューマンの交響曲や室内楽曲のスケルツォ楽章でも見られる独創的な手口ですが、特にこの作品には遅い楽章がないので、ここで一息つくと、次の快活な終楽章とのコントラストが生えると言えるかもしれません。ダンスを終えた女の子が「今度こそホントにおいとましますね」と、第一楽章の終わりの時より更に丁寧にしなを作るとでもいいますか。
 ただし、この遅い部分は軽やかにさりげなくやるのがいいのであって、べったりと表情を付けて止まらんばかりのテンポまで落とす演奏解釈は、シューマンの様式をわかっていない恣意的な味付けだと思います。

 

   3.フィナーレ

 アレグロ・モルト・ヴィヴァーチェ ホ長調 2/2拍子 ソナタ形式

 曲は家の中庭から外の広い野原へと一気に駆け出す。
 オケ全体の総奏による力強い和音の柱が2つ投げつけられるのに続いて、まさにこの曲の白眉としかいいようがない、素晴らしい快活さのさわやかでリズミックなカノンがまずはバイオリンからはじまり、次々別の楽器にバトンタッチされていく。ひとつ新しい声部が重なる度に、言い様のない幸福感がどんどん広がっていく。
 その音の重なりが一つの頂点に達したとき、今度は突然思いも寄らないほど流麗でチャーミングな、歌う旋律が、第2主題として、何とも人なつっこくまとよりついてくる。私など、この瞬間は何度聴いてもゾクゾクさせられる。
 短く簡潔だが素朴な力強さを秘めた展開部のあと、またあの何とも心うきうきさせる楽器間の対話が再現部で帰ってくる。
 そして、終結部。ここまでの主題が、ちょうど倍に引き延ばされたゆっくりした形で、最初は高らかなファンファーレの形で、後半はしみじみと柔らかく、もういちどだけ歌われる。何ともなつかしい風情を漂わせて帰ってくる。特に第二主題の歌うメロディがしみじみと回帰する瞬間、至福の境地に酔える人は少なくないのではなかろうか。
 曲は最後にもう一度元のリズムに戻り、あくまでも快活に、でもどこか不思議な名残惜しさを感じさせつつ、余韻ある輝きの中に終わる。何かここには、「となりのトトロ」のエンディングが流れ出す瞬間と共通するような至福がある。

 こうして克明に曲の流れを解説していて再び思った。
ロベルト、どうしてこんなチャーミングな素晴らしい曲に、あんな野暮なタイトルを付けたんだ?


  
      5.私が持っているこの曲のCD(98/03/29増補改訂)

1.サバリッシュ/ドレスデン国立管弦楽団 (英EMI 7 64815 2/シューマン交響曲全集)

2.ヤルヴィ/ロンドン・フィル(英シャンドス CHAN6548/シューマン序曲集)

3.ヴィルトナー/ポーランド放送交響楽団(香港ナクソス 8.550608/シューマン序曲集)

4.カラヤン/ベルリン・フィル(独グラモフォン 431 161-2/ブラームス交響曲第1番)

5.シュヴァルツ/シアトル交響楽団(米デロス DE 3084/交響曲第1番/ホルン小協奏曲)

6.レパード/インディアナポリス交響楽団(米コス KC-2213/「ゲノヴェーヴァ」序曲/交響曲第1番)

7.グッドマン/ハノーヴァー・バンド(米BMG 09026-91931-2/交響曲全集)

8.マリナー/シュトゥットガルト放送交響楽団(独カブリッチョ  10 063/交響曲第1番/「マンフレッド」序曲)

9.マズア/ライプチヒ・ゲバントハウス管弦楽団(米BMG 74321 34172 2/交響曲全集/「ヘルマンとドロテア」序曲)

10.シノーポリ/ドレスデン国立管弦楽団(グラモフォン POGC-1932/3 /楽園とペリ)

11.インバル/ニュー・フィルハーモニア管弦楽団(蘭フィリップス 426 186-2/交響曲全集/「ツヴィッガウ交響曲」)

12.ショルティ/ヴィーン・フィル(ロンドン POCL-9570/スッペ・シューマン序曲集)

13.コンヴィチュニー/ライプチヒ・ゲバントハウス管弦楽団(独ベルリン・クラシックス 0320 016/交響曲全集/序曲集/ホルン小協奏曲)


 順番は一応推薦順とみなしていただいていいです。

 1.サバリッシュの全集はシューマン交響曲の定番といわれていますが、少し洗練させ過ぎで(受け取りようによればカラヤン盤以上にカラヤン的)、食いつきが今一つと感じることがあります。ドレスデン・シューターツカペレを使った割には録音が少し外面的かなという気もします。残響がお風呂場みたい。が、これはCD化の際のマスタリングの問題もあるのではないかと思う。ただ、この曲に関しては総合的に見て一番熟した演奏という気はします。ただし、国内盤のシューマン全集には入っていない!

 2.突如発掘できた意外な伏兵。ヤルヴィ盤には驚いた。録音は超優秀ハイファイ録音。繊細でクリアーで透明でダイナミックレンジが実に広い。演奏も細部まで磨き抜かれた全く隙がない、超正統派・完璧な完成度である。この曲としては立派に演奏しすぎているのではないかというくらい。正直に言って私はヤルヴィという指揮者を、CDはやたらと作るけれども決定盤に推したくなる演奏がない指揮者と思っていた。しかしこの演奏を最初に聴いたとき理屈抜きに圧倒された。あわててサバリッシュ盤を聴き直したのだが、録音・演奏ともに驚くほどそっくりなのである。ただ、微妙な楽器間のバランスや歌い回しという点でサバリッシュ盤の方がわずかに一層のコクがある。ただその差は実に微妙なものである。ここに至り、むしろサバリッシュがいかにドイツの伝統に寄りかからずにインターナショナルで清新な演奏を心がけていたのかがよくわかった。「ドレスデンらしくない」印象はむしろそれだけサバリッシュのコントロールが凄いということでもある。そしてそのサバリッシュにここまで肉薄できる演奏をヤルヴィがロンドンのオケで生み出せた。シューマンにドイツ的な重厚さとか霞がかかったような味わいを期待しないでいい人にとっては恐らくこの演奏こそが最も完璧と映るだろう。メジャーレーベルにはこれより遥かにおざなりの微温的な水準の演奏や録音で良しとしている「有名指揮者」が五万といる。欠点は「シューマン序曲集」と銘打ちつつもこの曲の外に序曲が比較的入手しやすい3曲のみ(後述のヴィルトナー盤は6曲)、CD全演奏時間がわずか47分という点。ただしその3曲の序曲も、曲をワーグナーの前奏曲のスケールで聴かせてしまう名演揃いである。シューマン好き必聴の隠れた特選盤としたい。

 3.ヴィルトナー盤は大穴。何しろナクソスだから安い。まあ、スケルツォの終わりは減速し過ぎかもしれないけど、むしろそれを気に入る人もいるだろう。その他の点では演奏もすごく素直で流動感もあり、好感が持てる。実は私が普段一番聴い来たのはこの演奏です。一緒に入っているのが、ひょっとしたら現在世界で唯一のほぼ完璧なシューマン序曲集(この序曲集に入っていないシューマンの序曲は他に「祝典序曲」Op.123のみ。シューマンの序曲についてはいずれ「全曲」取り上げます)というあたり、よほどのシューマンおたく向けの、何とも渋い選曲ですが、店によっては1000円以下で買えますので。唯一イライラするのは、なぜか3楽章全体をまとめてひとつのトラックにしてあること。私の大好きなフィナーレだけを一発呼び出しできない!

 4.そして問題のカラヤン盤。流麗でクリィミーな響きの美しさという点では最高。楽団の格の違いを感じる。ただ、少しだけ芸が細かすぎるかなと思う部分もある。変なところでじっくりテンポを落としたりもするし。でも一般にはこの演奏が一番ウケそうな気もする。もっともフィナーレの提示部の反復はして欲しかった。既に述べたように全集盤には入ってないので探すのに意外と苦労するかも。カップリングのブラームスの1番はカラヤンの同曲演奏では個人的には一番素直で好きです。廉価版だし、その意味ではお薦めですね。

 5.シュワルツ盤も、かなりの穴です。ここでの録音はナチュラル、むしろヨーロッパ的にシックで飾り気がないけど繊細なのが実にいい。その点ではサバリッシュ盤がこの音ならいいのにとおもってしまう。演奏は特に個性的ではないのだけれども、ともかくキチンとまとめていて好感度は極めて高いです。曲を聴くならばこれが一番いいかも、ただし容易に入手できるのかな?

 6.レパード盤もなぜか録音も解釈もシュワルツ盤と似ています。アメリカの地方オケの方がヨーロッパ的な古風な響きを録音面でも解釈面でも手抜きなく演出できているのは妙なものです。ただ、旋律をここぞというところでのびのびと歌わせるという点ではシュワルツ盤の方が壺を得ている気がしたので順位はこうなった。ちなみに「コス」レーベルとはヘッドフォンで有名なあのKOSSのことです。ここがレコード制作もしているとは全く知らなかった。タワーレコード渋谷店は思いもよらないものを置いてくれている。恐らくこのCDはかなり日本での入手は難しいのではないかと思います。

 グッドマン盤は国内盤でも出ています。確かノリントン盤に続く二番目のオリジナル楽器によるシューマン全集。この「序曲、スケルツォとフィナーレ」に関してはオリジナル楽器の風通しのいい音は非常にフィットします。実に気持ちがいい。新しい録音でもありますし。カップリングの交響曲の方は少しだけ食い足りないですけども。

 8.マリナー盤は演奏そのものはマリナーの入れた一連のシューマン録音の中では平凡なものだと思います。しかし、この音色の魅力はたいしたもの。何ともサラサラとした透明感のある音。録音は「ひたすらさわやかでキュート」です。バイオリンの倍音成分のあたりに不思議なフェロモンがあって脳髄をくすぐる。こんな何の陰もウエットさもない淡泊で清潔でヘルシーでベジタリアンみたいな音はシューマンではないという人もあるかもしれませんが、私自身は、このようなピュアーな音質でサラサラと演奏した時はじめて引き出されるシューマンの魅力というものがひとつのスタイルとしてはあってもおかしくないと以前から夢想していたのです。その音がまさにここに実現されているという感じなので、「こんなのも悪くないな」と妙に味方してしまいます。シューマンはほんとうはこういう軽やかな「天上の音色」を心の中では聴いていたのかもしれないと。

 9.マズア盤は交響曲全集の旧盤に付いているもの。交響曲全集としては、同じゲバントハウスを振った後述のコンヴィチュニーに比べると、録音はいいものの、何か醒めた演奏という気もするが、基本的には同じ傾向で、ドイツの伝統的などっしりとしたスタイルを踏襲、こちらの方が端整で楽しめるという人もあるだろう。この「序曲と……」に関していえば、序曲は後述のコンヴィチュニーのようにもったりしてはいない点はいいが、スケルツォは、丁寧ではあるが少し醒めすぎている気はする。フィナーレは快速で無難にまとめている。あとひとつ夢が欲しいなあという思いはあるが、全体として悪い演奏ではない。

 10.録音の新しさという点ではシノーポリ盤が一番。国内盤も出たばかり。その意味では今は入手しやすいだろう。ただしこれは先に出た交響曲全集ではなくて、カンタータ「楽園とペリ」などという一般の人には未知の大曲と組まれているので、シノーポリなら何でも買いますという人や私のようなシューマンおたくはともかく、「序曲、スケルツォとフィナーレ」を取りあえず聴いてみたい人のためには大冒険となる。フィナーレの部分、少し表現がスタティック過ぎて、もう少しピチピチしたものも欲しくなるが、解釈自体としては明快で現代的で筋は通ったものがあると思う。この演奏で十分満足という人も少なくないだろう。ただ、何か妙に響きに潤いと余裕と厚みと解け合いが乏しいのはどういうことだろう。妙に痩せぎすでこじんまりとした印象はどこから来るのか。単に録音のせいなのか。それとも、ひょつとしたらドイツ統合後のドレスデンのオケ、サバリッシュ盤の頃より練り込みが落ちているという可能性もあるのか。私はそもそもシノーポリ/ドレスデンの組み合わせにピンときたことがありません。正直に言ってヤルヴィ盤を聴いてしまうと果たしてどちらが名指揮者なのかすら判断に苦しむことになるのではないかと。これが単にシノーポリと楽団の現時点での相性の問題にすぎないことを祈ります。互いの個性を殺し合う形になっていないか? ウイーン・フィルとの第2交響曲は確かに新鮮な演奏だったから。

 11.インバルの演奏は、オーケストラそのものの響きの練り込みが少し不足かと思う。若い頃のインバルの解釈そのものは少しそっけないかなとは思いますけど、曲を知る上では十分でしょう。他にマリナー盤ぐらいしか出ていない、初期の習作交響曲が聴けるメリットもある。ただし、国内盤の廉価版での全集では交響曲以外のすべての曲が切られました。

 12.スッペ序曲集などという思いも寄らないものと抱き合わせで国内でも廉価版でリリースされたショルティの少し古めの録音は、当時のショルティの、たとえ相手がウィーンフィルであろうとお構いなしの力尽くで直情な演奏スタイルがどうしても気になる。どうしてこの曲でフォルテの部分をこんなに肩いからせないとならないのか。ただ、少しでもおとなしい演奏が嫌いになりそうだという人は、最初からこの盤を選ぶのも一つの手かもしれない。私からするとこの演奏、かなり牛刀で鶏口を・・・なんだけど。

 13.コンヴィチュニーは、私が高校時代にはじめてシューマンの交響曲に接するきっかけを作ってくれて以来、ことシューマン演奏に関しては特別な愛着の対象で今もあり続けているのだけれども、この曲に限っては、特に第1楽章の何とも「もったり」した語り口が、この曲に本来必要な軽やかな流動感を殺している気がしてならないのです。聞き込んでくるとこれはこれで味があるのですが、ファーストチョイスとしてはどうかと思います。他の演奏とは歴然と異次元というあたりはおもしろいんですが。交響曲全集自体は、録音は古めになりましたが、ドイツの香りムンムンの超名演だと今も思います。

 


   
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